Vtuberと仮想現実[VR]美少女がもたらす新しい分人経済のミライ。(Full version

 

こんにちは、伊澄 理夢/イズミ リムです。
今回、Twitterでの交流を機会に、「Vtuberと仮想現実美少女がもたらす新しい分人経済のミライ。」をテーマに、ねむちゃんのブログ「人類美少女計画」に寄稿させてもらいました。
シンギュラリティ理論など最先端な話題が好きで読書家なのを伺わせる ねむちゃんですが、私も本が好きなので寄稿できて嬉しいです。

そんなわけで、まさしくねむちゃんのサブテーマ「仮想通貨・ブロックチェーン・バーチャル技術が創造する新世界」と、”個人”の次のフェーズ”分人”の思想をベースにした経済のミライについてしゃべりたいと思います。
こちらは、寄稿文をもとに章を追加した本ブログ用のバージョンです。
それでは、よろしくお願いします。

 

VRのインフラが整い始めた

今ではVtuberと書くだけで意味が伝わるほど、その存在が一般に認知がされるようになったのではと感じています。
昨年のはじめ頃では、全く知られていなかったので驚くべき広がりようです。

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VR技術などの発展に伴い生まれた一つの形がVtuberですが、そうした技術によりバーチャルな空間であっても人格を感じられる形でコミュニケーションを取れることが彼女/彼らの活動によって証明されました。
今のところVRに触れている人はVtuberの方たちが主ですが、果たしてこれが推し進められるとどうなるのでしょうか?
というと、「やがてすべての人類はバーチャルなアバターを持つようになる」という発想が生まれてくるのはわりと共感してもらえるのではと思います。
そしてその中で、現状もっとも尖っている(笑)と思われるのが、Vtuberのねむちゃんが提唱する全人類美少女化計画ですね⚡⚡⚡

これは文字通り全人類が美少女になるという社会現象を指すのですが、この「全人類は美少女になるのか?」について考えてみると、私的にはそのポテンシャルは十分にあると考えています。
ようするに美少女をアバターとしてのカテゴリの一種として捉え、美少女が人類あまねく共感されるなら、全人類は美少女になります。かわいいは正義ですI˙꒳​˙)

 

さてその美少女ですが、今社会では「バーチャルリアリティというのはVtuberであって、Vtuberというのは美少女である」という扱われ方をされているように感じます。
しかし私としても(nemchan理論としても)、美少女を含むアバター技術がVtuberだけにとどまるのか?というとそうではないと思っています。

今、人類が美少女=アバターとして活動できるようになるインフラが急速に整い始めています。
つまり、Vtuberはその要素の一つに過ぎない。

 

VRでいえば個人的には、今後ビジネスユーズとしてVRが用いられるようになり、会議などの組織における活動をVR空間で完結して行えるようになるはずです。
既存のものだとCluster.などがそれに当たりますが、こうしたソリューションが洗練され、より実用的なものになっていくと思います。
10年後には、手紙が今のチャットやメールになったように、「誰かに会う」ことが仮想空間の中で行われることが当たり前になっているはずです。

また経済活動も、ブロックチェーンと仮想通貨を使ってインターネットとVR空間内で完結できる仕組みが実現するはずです。
今VRchatなど主要なVR空間のインフラサービスでは、仮想通貨を用いた経済活動が禁止されていますが、おのずと解禁されるか別のソリューションが出るでしょう。

加えてエンターテイメントの軸では、音楽と舞台装置などのインフラが整っていくと思います。
VR空間内で、しっかりと説得力のあるモーションを伴って楽器を弾いたり、舞台や演劇をできるようになり、ライブやコンサートへの参加がバーチャル主体になることも考えられます。

そうしたなかで、やはり人々は「アバターが必要だな」、と思うようになってくると思います。

美少女のメリット

 

端的に言えば、美少女はアバターの選択肢のひとつです。
「かわいい」というのは、選択において強く影響しますので多く普及しているのだと思います。
軍服男子などの「かっこいい」も選ばれる要素になりそうです。

匿名性

そうした美少女を選ぶメリットですが、ひとつは匿名性が保たれるということです。
Facebookやそれに類するグループでは、インターネットにおいても実名登録して活動するべきである、という主張があるのは確かですが、多様性という部分において全員がそうした流れに同意できるわけではありません。
美少女というアバターを通すことで、親しみやすい人物像や個としての存在を確立させながら、バーチャルな空間であるインターネット・VRと現実との区別を設け、秘匿性を保てます。

 

またそもそも人前に顔をさらすのが苦手な人もいるので、どこへでも晒せる姿があるという頼もしい一面があります。
Youtuber(※Vtuberではない)の方などは、サムネイルにバーンッ!と顔が写ってるものが大半ですが、私はやれといわれたら絶対無理と返答します。

少し話が逸れますが、TEDで以前人間の性格に関するすばらしいプレゼンを行ったスーザン・ケインという方がいます。
著書の『Quiet: The Power of Introverts in a World That Can’t Stop Talking』(邦題『内向型人間の時代』)という著書で「今、世界に、物静かで思索的な内向型の人たちが社会で活躍できる時代が来た」として数々の論拠を重ねながらその心情を語り、全米で受け入れられました。(なぜ受け入れられたのかがわかるのかというと、Amazonレビューが5000を超え、ミリオンセラーとなり、400万回以上再生されたTEDのプレゼンを見る限り、そう察することができるでしょう。)

それは、アメリカやその文化に影響されている国において、はきはきとした社交的な性格の人が最も優れているという流れがあり、それに異論を唱える形でした。
このテーマに関してはしっかり書くと長くなってしまうので、このくらいにします。
重要なのは、VR、それと後述するブロックチェーンによって、本書の副題でいえば「社会を変える静かな人の力」を持つ人たちが後押しされ、社会でより活躍できるようになる可能性を秘めているということです。これまでにない人材がこれまでにない発想やアプローチを創造の世界にもたらし、社会をより良い方向に変革・更新していくことが可能になります。

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ボーダレス・コミュニケーション

つぎに、きちんとした体(肉体?データ?)が準備されてさえいれば、当たり前ですがそれはVR空間と親和性の高いものなので、そのままインターネット的ボーダレスなコミュニケーションの恩恵を受けられることです。
パソコンとインターネットさえあれば、どこへでも出かけたり会議にしたりすることができます。

VR会議やVR公演等は、おそらくあらゆる場所のスタンダードになるでしょう。

kawaii

あとは、最初に書いたようにかわいいというメリットでしょうか。
ただしアバターとして美少女を選んだからといって、女性としての性を使うことにはあまり快く思いません。
個人的には単純にかわいいから使っているという理由なので、たとえば女性としての性を使って結果的に人を騙すようなことにならないだろうか、と一度考えてみることが必要です。
VRChatなどでもMMDモデラーの方が許可していないのに関わらずモデルが転用されており問題となっていますが、それと同じで倫理的に見て問題ではないかを考えてみることは大事です。

 

ブロックチェーンがもたらす経済のミライ

そしてVRが発展するにあたってキーとなるのが、ブロックチェーンと仮想通貨だと思っています。
このふたつは、どちらも仮想×仮想で、非常に親和性が高いものだと感じています。

仮想通貨は、前述した美少女における匿名性を備えています。
また、美少女がVR空間において個人でいられるように、仮想通貨も秘密鍵を持つことで自分で自分の資産を所有できます。
取引速度は、現在のFiat通貨のシステム(VISAなど)のトランザクション処理能力に比べてもう少し頑張る必要がありますが(1秒あたり1000Tx~はできてほしい)、それでもブロックチェーンの性質を伴って自分で資産を管理でき、銀行振込などに比べると何十倍も早く資産を動かせることは、明確にお金2.0であると何度でも主張していく必要性があります。

 

今現在わたしは、冒頭に書いたようにブロックチェーンソリューションであるNEMのウォレット「RaccoonWallet」というアプリにUI/UXデザイナーとして関わらせてもらっています。使いやすく親しみやすいデザインを目指して、開発に取り組んでいます。
先日、一人で数ヶ月もくもくと作業していたリブランディングが完了し、ロゴが新しくなる予定です。

仮想通貨は現在のところ投機的な側面から認知されているように思われますが、仮想通貨はブロックチェーンというテクノロジーによる副産物、あるいはプロダクトの一形態のようなものです。
ブロックチェーンにとって仮想通貨は重要な存在ではありますが、かといって仮想通貨だけがブロックチェーンではありません。
詳しい仕組みを話すと長くなってしまうのですが、「ブロックチェーンの上に仮想通貨が乗っかっている」というイメージが適当です。

このブロックチェーンが社会に普及していくことは、新しい経済の実現にとってもはや不可欠です。
糸井重里氏が、『インターネット的』でインターネットを「リンク・シェア・フラット」だと説きましたが、私はブロックチェーンが「分散・自律・共創/共進」であると思っています。

個々が、それぞれにそれぞれのデータを自分で所有しながら、かつコミュニティに分散的にアクセスし、バッチサイズが小さいプロジェクト単位でよりよい社会を共に創り、進んでいくことが、ブロックチェーン時代において実現していくのだと信じています。

 

個人は分人へ、そして”私”の一部は美少女へ

作家の平野啓一郎氏が2012年に書いた著書『私とは何か「個人」から「分人」へ』の中で説いた分人という思想は、そのまま仮想現実の世界におこっていることの説明に応用できると私は思っています。

分人”とは、端的にいって”個人”がより細分化されたものです。
分人主義というのは、人間の基本単位に個人よりも一回り小さい単位を導入することで、複雑化する社会に生きる私たちの生活を定義し直す試みです。

私たちが普段使う個人という言葉は、”Individual”の翻訳で西洋から輸入されたものですが、これは「これ以上、分けられない」という意味を持っています。
しかし私たちの人間関係を観察してみるとどうでしょうか?

たとえば家族と一緒にいるときと友人と一緒に過ごしているときでは、同じ自分でしょうか。
あるいは現実で対面で人と接するときと、インターネットでテキストで書き込む際の自分の口調や態度、性格は、随分と違っているのではないでしょうか。

そうした疑問を踏まえた上で、彼(平野啓一郎)は、以下のように結論付けます。

たった一つの「本当の自分」など存在しない。裏返していうならば、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である。
平野啓一郎、『私とは何か「個人」から「分人」へ』(2012,講談社現代新書)、kindle版 No.47

関係性の中でうまれる様々な状況に応じて、私たちは、さまざまなピースを生成します。
そして、生まれるその一つ一つが自分だといいます。

多面体である人間。
そして昨今のVRなどのグラフィック技術の向上を受け、そのうちの一面が美少女というアバターにシフトし、活動を始めているのです。

 

サイバー空間の分人と自己のコンテンツ化

ここまでVRが作り出す新しい世界について語ってきました。
ここからは、そうした世界の当事者としてどうしていくことがよいのか、についてを私と一緒に考えていってみましょう。

色々方向性はあると思いますが、ここでは「自分をコンテンツ化させること」について考えてみたいと思います。

コンテンツ?コンテンツ化って?という感じだと思います。
一般にコンテンツという言葉は、「エンターテイメント的なものが詰まった楽しそうなもの」というイメージだと思います。
Vtuberには、この方向性でのコンテンツ化のバリエーションがすでに豊富に揃っています。

コンテンツとは

」というタグを見たことがある人は、まだ少ないかもしれません。
しかし、そこに投稿されているツイートを見れば、その溢れんばかりの個性にきっと驚くと思います。
宇宙人からAI、エルフから婦警さん、けものから謎の無機物っぽいのまで、さまざまです。

近年、日本では教育に際して「個性を大事にしろ」「個性を伸ばせ」と念仏のように言われ、「そんなことを言われてもどうしたらいいのか分からない」という摩擦が起きている意見も見られますが、現在のVtuber界隈を見ているとそうした心配は杞憂なのかも。

なにを言いたいのかというと、ほぼすべてのVtuberはコンテンツ化されているということです。
これはすごいことです。
日本は「いいもん作れば売れる」という精神が受け継がれているとされており、ブランド構築を苦手としていました。
ものを売る馬鹿!とマーケティングに詳しい人に揶揄されてしまうほど。
しかし、今世界にないものはないという生活環境のなかで、ただ単に物質的なものを作ってもあまり受け入れられません。
モノからコト消費へ、という言葉をつかうと紋切り型に聞こえてしまいますが、体験の付随した創造というフェーズに物作りは移行しています。

 

このコンテンツ化というのを根本的に考えてみましょう。
『人がうごく コンテンツのつくり方 』の著者、高瀬敦也さんによる例を引用すると、「コンテンツ化」の例の一つに「工場」があります。
少し前ですが、工場萌えというのが流行ったことがあったと思います。
大規模な工場は、手元やメーターがいつでも確認できるように夜になると照明が点灯します。
それは必要に伴った光なのであり、工場というのは、そこで働いている従業員の方々からしたらただの建築物でしかありません。
しかし、外部の人から見ると、そうした工場はライトアップが施された複雑な構造を持つクールなコンテンツに変わります。
要するに、世の中にあるものすべてはコンテンツ化が可能だ、ということです。

 

自分をコンテンツ化するということ

上記で分人思想について記述しているのは覚えているでしょうか。
これは、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である、という考え方を指すものでした。
そして、そのうちの一面が美少女というアバターにシフトし、活動を始めている、と説きました。

そしてVRというのは、Vtuberという存在だけのものではない、ということも説明しました。

ここから考えられることは、自分をコンテンツ化することも可能である、ということです。

 

VtuberはVRの要素の一つにすぎないという部分は、ねむちゃん理論だと「経済コスプレ」、私的に言うと「アバター経済」といえるものですが、そこで自己をコンテンツ化することは、体験の付随した創造という物作りのフェーズにおいて必要な作業になってくると感じています。

自身へのアクセシビリティ

この自己をコンテンツ化することにおいてのメリットして、対象へのアクセシビリティの向上が上げられます。
これはコンテンツにおける普遍的なメリットとして存在するもので、端的に言えば「見つけやすさ」です。
マッチングといってもいいでしょう。

Vtuber的な世界で考えてみると、たとえば「宇宙から侵略してきた金髪の美少女が日本文化を学ぶために、ひたすら蕎麦打ちをする」といったらコンテンツ感がでてきます。
最近良く、100人のなかで一位になれることを3つ持てば、100万分の1の存在になるっていうのを聞きますが、コンテンツにおいてもそういう組み合わせの思考は役立ちます。
Googleのサーチエンジン的にいえば、自己へのSEO対策みたいなことかもしれません。

これらは自然にできる人もいれば、意図的な試行を繰り返すなかで良くなっていく人もいます。
ここで大事なのは、そうした自身のコンテンツ化という取り組みがあることを知るということです。

パブリック化するサイバー空間

ここまで述べてきましたが、その実、こうしたことは、よくよく考えてみるとすでに現実において当たり前に行われている事柄であったりもします。
たとえば、すごく個性的な人だったり、オーラがある人だったり、優しそうな人、怖そうな人、クールな人、などは比較的すぐ思いつきます。

VRの発展していくこれからは、これらが分人的アバターにも適用できるようになります。

これはつまり、インターネット空間がもはやパブリック空間になったということです。
Twitterも初めはちょっとしたつぶやきを投稿する場でしたが、今では言論と創造の場という側面が強くなっています。
これに関して否定的に見ると「気軽さがなくなった」「重苦しくなった」となりますが、肯定的にみると「場が公共的になった」と見れます。

そしてこれからはVR空間がパブリックな要素を持っていくことになります。
美少女を含むアバターは、そうした空間のなかで、一人ひとりが自分であり、一つの存在として生きることになるでしょう。

 

最後に

「Vtuberと仮想現実美少女がもたらす新しい分人経済のミライ。」として書いてきましたが、どうでしたでしょうか。
もし共感したり、意見があったりしましたら、私のTwitterにてコメントお待ちしております。

 

人類美少女計画

また、冒頭にも書いたようにこの記事は、ねむちゃんのブログ「人類美少女計画」に寄稿させてもらったものに章を追加して投稿したものです。
寄稿のほうも、こちらと少しずつ違うので、もしよければ合わせてそちらも読んでいただけると幸いです。

ありがとうございました。

 

引用書籍一覧

 

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