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書評:『武器になる哲学』 VR世界の記号性とブロックチェーン世界後のアノミーについて

武器になる哲学

『武器になる哲学』

山口 周さんの書かれた、『武器になる哲学』を読みました。哲学というふうになっていますが、ソクラテスとかアリストテレスとかそういう純粋な哲学者というのにこだわって編纂されている本ではなく、「日々の生活とビジネスに使える哲学的な知見」のようなものを哲学者の生きた年代順などにとらわれずにまとめて紹介している本です。

それぞれの人物において重要で、かつ現代でも学びある概念を章ごとに説明されているので、気に入った哲学者をもっと良く知るためののガイドブックのような見方もできます。
50人の哲学者のコア概念を紹介しているのですが、私的に気になった哲学者をカテゴリ別に分けたいと思います。

 

社会系

 

  • ジャン・ボードリヤール「差異的消費」―――自己実現は「他者との差異」という形で規定される
  • エミール・デュルケーム「アノミー」―――「働き方改革」の先にある恐ろしい未来
  • マルセル・モース「贈与」―――「能力を提供し、給与をもらう」ではない関係性を作ろう
  • シモーヌ・ド・ボーヴォワール「第二の性」―――性差別はとても根深く、血の中、骨の中に溶け込んでいる

 

差異的消費

「我々は記号を消費している」というやつですね。アニメなどでも顕著で、萌えキャラなどは完全なる記号として設計作業の対象になっている気がします。個性とは何か、オリジナリティとはなんなのかについてこの差異的消費の考え方は示唆を与えてくれると思います。

近年持ち上がりを見せたVtuberも実に記号にあふれていると言えます。詳しくない方に説明すると、Vtuberというアニメキャラをモーションキャプチャーで動かすことで仮想的にYoutuberのような動画コンテンツを生み出すことを一つの指向とした新しい文化の潮流なのですが、そこに存在する各個人はオリジナルの顔文字だったり絵文字を設定して差異を生み出しています。(私も専用顔文字を以前作ってみました( ๑・ᴗ〃 )و←これ)Vtuberは記号のデパート。ご存知ない方には恐縮ですが、具体例として例を紹介すると、

  • 輝夜ルナの、
  • ZENさんの🐊ワニ
  • バーチャル美少女Vtuber⚡ねむちゃんの⚡

など。

「輝夜ルナ」は、”青”と”赤”と”黄”のバッテンからなる差異的記号によって規定されている。

 

差異的消費のハイライト

位置: 2,988
古典的なマーケティングの枠組みでは、消費の目的は次の三つとされます。
①機能的便益の獲得 ②情緒的便益の獲得 ③自己実現的便益の獲得
マーケティング理論では、市場は黎明期から成熟していくに従って、あるいはその市場の経済的なステータスが進展するに従って、消費の目的は前述の①から順に②、③へと移っていくことになります。

位置: 3,024
私たちがどのような選択を、どれだけ無意識的に、無目的に行ったとしても、そこには自ずと「それを選んだ」ということと「他を選ばなかった」ということで、記号が生まれてしまう、ということです。この窮屈さから逃れられる人はいない、私たちはそのような「記号の地獄」に生きている、というのがボードリヤールの指摘です。

位置: 3,027
これを逆に言えば、なんらかの記号性を持たない、あるいはあっても希薄な商品やサービスは、市場において生き残りにくい、ということでもあります。

位置: 3,031
その商品なりサービスが、どのような「差異」を規定するのかについて、意識的にならない限り、成功する商品やサービスの開発は難しいということになります。

「アノミー」

 

働き方改革が推進されている日本であります。
しかし、そうした「どこかに所属せず、プロジェクトを渡り歩き働く個人」というような働き方改革後の世界はどうなるのか、という部分を説明するのが「アノミー」です。

位置: 2,637
アノミー状況に国が陥ると、各個人は組織や家庭への連帯感を失い、孤独感に苛まれながら社会を漂流するようになります。「ポスト働き方改革」の絵としては随分とうら寂しいですね。

ブロックチェーンの話になりますが、仮想通貨およびブロックチェーンには非中央集権&分散自律思考が根っこにあります。しかし完全なデセントラライズは、「連帯感を失い、孤独感に苛まれながら社会を漂流する」ような社会になるかもしれないということも覚えておきたいところです。

現在、ブロックチェーンソリューションにNEMというものがあり、私はこのプロジェクトに関心を抱いていますが、このプロジェクトの方向性についても分散性とアノミーの共存の難しさを読み取ることができます。詳しい説明はNEM自体の説明記事に委ねますが、簡単にいうとNEMは半分は分散的、もう半分は中央集権的、な構造をもっています。
個人的に、このプロジェクトからは、「もともとブロックチェーンはボトムアップかつ分散的なところがあって、とはいえそれらが100%デセントラライズであることは理想的でしかない」という直感的な部分から、「半中央集権的な組織を適宜置くことで現実とのすり合わせを行いスマートにブロックチェーンを社会に普及させよう」という姿勢を全体から汲み取っており、そのあたりが非常にスマートだと思っています。今後共注目しています。

「アノミー」のハイライト

 

位置: 2,662
哲学者のフリードリッヒ・テンブルクは「社会全体を覆う構造が解体されると、その下の段階にある構造単位の自立性が高まる」と言っていますが、もし仮にそうなのであれば、会社や家族という構造の解体に対応して、いわば歴史の必然として、新しい社会の紐帯を形成する構造が求められる。希望的観測ですが、ソーシャルメディアがもしかしたらその役目を果たすことになるのかも知れません。

位置: 2,674
日本で就職というと「ある企業に入社する」という概念でほぼ用いられていますが、本来「就職」というのは「職に就く」わけであって「社に就く」わけではありません。ある共通の仕事をするグループに所属することで、その集団内に自分の居場所を作っていく、ということです。

 

あとはモースの「贈与」とか。ボーヴォワールも読んだことがなく、気になっています。

ボーヴォワールのフェミニズム論というと、まずは『第二の性』ということになるのだけれども、トータルで1000ページ近くにもなる大部で、よほど強烈な問題意識がないと通読できません。一方でこちらの本『ボーヴォワールは語る』A・シュヴァルツァー(平凡社ライブラリー)は、『第二の性』をはじめとした主著やサルトルとの関係などについて、インタビュー形式でボーヴォワールが語るものをまとめた本なので、ボーヴォワールの主張の骨子、あるいはその人となりを理解するには、こちらをお勧めします。

平凡社ライブラリー『ボーヴォワールは語る』がいいようです。読みたいです。

 

思考系

  • アリストテレス「ロゴス・エトス・パトス」―――論理だけでは人は動かない
  • クルト・レヴィン「解凍=混乱=再凍結」―――変革は、「慣れ親しんだ過去を終わらせる」ことで始める
  • ジョン・ナッシュ「ナッシュ均衡」―――「いい奴だけど、売られたケンカは買う」という最強の戦略
  • ジル・ドゥルーズ「パラノとスキゾ」―――「どうもヤバそうだ」思ったらさっさと逃げろ
  • ブリコラージュ「クロード・レヴィ=ストロース」―――何の役に立つかはよくわからないけど、なんかある気がする

思考系では、このあたりが好きでした。

 「ロゴス・エトス・パトス」

ギリシャ哲学などによくある「物の本質を問う系」(本書ではWhatの問いと言っている)は、哲学ベースに加えて、思考のプロセスを学ぶ上で面白いです。

位置: 663
ということでアリストテレスが(ロゴス:論理)の次に挙げているのが「エトス」です。「エトス」とは、エシックス=倫理のことです。いくら理にかなっていても道徳的に正しいと思える営みでなければ人のエネルギーを引き出すことはできません。人は、道徳的に正しいと思えること、社会的に価値があると思えるものに自らの才能と時間を投入したいと考えるものであり、であればこそ、その点を訴えて人の心を動かすことが有効であるとアリストテレスは説いているわけです。  そして三つ目の「パトス」とはパッション=情熱のことです。本人が思い入れをもって熱っぽく語ることで初めて人は共感します。

 「解凍=混乱=再凍結」

クルト・レヴィンは、名前も全然知らなかったのですが、社会心理学の創始者として有名で、20世紀中、最も論文の引用回数が多かった心理学者としてランクインしているそうです。ここの章を端的に言い表すと「終わらすことの哲学」です。「解凍=混乱=再凍結」の章のハイライト。

位置: 1,829
逆に言えば「何かが終わる」ことで初めて「何かが始まる」とも言えるわけですが、多くの人は、後者の「開始」ばかりに注目していて、一体何が終わったのか、何を終わらせるのかという「終焉の問い」にしっかりと向き合わないのです。

位置: 1,857
本来であれば、昭和という時代に登った山とは別の新しい山をターゲットとして定め、登るべきだったのに、同じ山に踏みとどまりながら、頂上にいた頃の栄華を懐かしみながら、いつかまたあそこに戻れるのではないか、という虚しい期待を胸にしながら、ずるずると後ろを振り返りながら、ビジョンもないままに同じ山を下り続けてしまったように思います。

 「構造主義」

ジル・ドゥルーズとレヴィ=ストロースは構造主義が好きなので知っていましたが、改めて面白い。ブログ名は変わりましたが、ジル・ドゥルーズが『千のプラトー』で概念を作った「リゾーム:Rhizome」は以前のブログ名に入れていて、今もドメイン名に残ってます。パラノとスキゾのハイライトを引用しときます。

位置: 2,851
一つのアイデンティティに縛られるということは、一つの職業に縛られるということになります。一方で、会社や事業の寿命はどんどん短くなっている。この二つを掛け合わせると、すなわち「アイデンティティに固執するのは危険である」という結論が得られます。堀江貴文は著書『多動力』において「コツコツやる時代は終わり」であり、であるがゆえに「飽きたらすぐ止めろ」と訴えていますが、これも「パラノ」より「スキゾ」が重要であり、「ツリー」よりも「リゾーム」が大事だという指摘として読み替えることもできます。

位置: 2,884
ここで留意しておかなければならないのは、日本の社会では未だに、一箇所に踏みとどまって努力し続けるパラノ型を礼賛し、次から次へと飽きっぽく変位転遷していくスキゾ型を卑下する傾向が強い、ということです。

位置: 2,893
後者は前者より軽薄で軟弱な生き様に思えるかも知れません。しかし全くそうではない。むしろ勇気と強度を持たない人こそ、現在の世界ではパラノ型を志向し、それらを持つ人だけがスキゾ型の人生をしたたかに歩むことができる、ということです。

 

おわり

ロゴス・エトス・パトス、、、
差異と記号、、、
アノミー、、、
哲学はやはり面白いですね。
この本をきっかけに、より深く個別の哲学者を知っていきたいです。

 

 

この記事を書いた人

伊澄 理夢

伊澄 理夢 / イズミ リム / IZUMI Rhime
2017年3月からブロックチェーンに興味を持って以来、デザインの面から、"NEM"を通じて技術の普及に貢献できる道を探しています。
児童文学と純文学、哲学と現代思想、仏教と禅、黒い服と民族衣装が好きなINTROVERT(内向型)です。
大学ではデザインを学ぶ。