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「ALIS」:ブロックチェーンを利用したSNSの創出の背景について|情報の初心者・複製・汚染

この記事は約 10 分で読めます。

 

ALIS、というよりALISの創設意図に関連した項目です。

もともとこちらの記事「ALIS:評価と信頼のブロックチェーンソーシャルメディア」の章の一つに載せてたんですが、改めてスマホで見返してみたら…。
長っ。長すぎでしょう。驚くほど長かったので、分けました。

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以下、ブロックチェーンソーシャルメディアの必要性と、それに対する現代のインターネットの諸問題についての考察です。


現代インターネットメディアの諸問題

 

現代インターネットの諸問題

 

ここからはわたし(@Rhime)個人的な見解をベースに、ALISの創出意図にせまるような現代インターネットの諸問題をベースとした社会的な部分から、遠回りに論及したいと思います。

 

問題1:壁

 

渡邉恵太、『融けるデザイン』(BNN新社、2016)、kindle版,No.2408より図を引用。
渡邉恵太、『融けるデザイン』(BNN新社、2016)、kindle版,No.2408より図を引用。

 

1990年代から2000年代あたりでしょうか。
インターネットが猛烈に発展し、個人の道具としてコンピュータという道具を介して我々の頭脳が延長されました。
パーソナルコンピュータは透明になり、PCあるいはパソコン、果てはスマートフォン、スマホとして我々の生活に溶け込みました。
今では昔になったインターネットの創世記頃、関わる人びとが期待に胸をふくらませていたのは、少数の権力者に支配された既存のビジネスをぶち壊してくれるんじゃないか、というものでした。

「それまでのメディアは巨大な権力にコントロールされていて、みんな黙ってその情報を受けとるとかなかった。でもインターネットという新たなメディアでは、世界中の人びとが主役だ。発言力は広く行きわたり、人びとはもはや無力な受信者ではなくアクティブな発信者になる。」1

ここでの問題は、1つはインターネットがそうした期待に必ずしも動かなかったことです。
つまり、「大企業や政府は、インターネットが持っていた民主的なしくみをねじ曲げ、自分たちの都合のいいようにつくり変えてしまった。」
インターネット時代の優れたインターフェイスデザインは、”透明になることで道具としての存在が消えその対象が自らの手の延長のように感じること”であるという意見がありますが2、インターネットのダークサイドは、情報を囲い込むことで利害関係者のみ情報が見えるように任意に情報を透明にしてしまいました。

自分たちに都合の良いように情報を囲い込み、それによって莫大な利益を手に入れ、経済と社会に対する影響力をますます強めていく。
つまり、インターネットのはじまりに予測されていた最悪のシナリオが、そのまま現実になった、という意見です。
その結果、一部の企業・組織が大量のデータを保有し、それをもとにさらなるデータを手に入れ、自らの帝国を拡大していく。―――格差が広がっていく。

 

問題2:情報の初心者たち

 

LoboStudioHamburg / Pixabay

 

一方で、また別の問題も起こっているといえると思います。
それは、前述した問題―――人を個人化させる道具であったインターネットが、大企業や政府などによって壁の建設が為されインターネットが遠くなってしまったという問題―――とは別の問題。
つまり、インターネットの第2の問題としての、個人化という現象に慣れていないわれわれのような人間による、”個人としての情報の発信の不慣れ”という問題。

インターネットがある一部の組織に渡ったという事実は、たとえば中国の情報監査システムである金盾などで顕著に見られます。
一方こうした個人化を受けての当惑と過ちのような第2的現象も、ブログやソーシャルメディア、動画配信サイトなどにおいて見られます。
つまりインターネットは、おしなべて権力者のものになってしまった、というわけではない。
おおよその部分でインターネットのエンパワーは、大衆によく働きかけ、その特性を発揮してきました。

 

インターネット第2の問題として、その個人化の創世記の現代における、”個人化の取扱い”の不慣れな問題。
ここにネットメディアの信頼性の欠如がある、と考えます。
人びとはまだ個人であることに慣れていない。
俺は全世界に容認された発信者である、という歴史的当惑・高慢・倒錯から、ある者は例えばコンビニのアイスケースに入っていく。

過去にまだ粘着されていることも原因のひとつでしょう―――つまり会社に勤めて定年まで勤めよう、などの思考―――。
個人化と抑制の軋轢のなかで”消耗”する。

だから、

それに対する”個人の情報の発信の仕方をアルゴリズムによる潜在的な方法でサポートする導き手”のようなインフラ整備。
それはこれまでこの世に存在しなかったか、あってもSTEEMのように非常に新鮮な概念です。
これは単に文字を記述しインターネットにのせて発信できる、というプラットフォームではありません。

インセンティブによって適切で信頼性の高い情報の記述がなされるプラットフォームだからです。
また、この”適切”というものさしも、ALISが決めるわけでなくユーザーが決定し、報酬もアルゴリズムによって一意に決定されています。
そしてその集められた適切は、ブロックチェーンによってスタックされ、個人の信頼性スコアと保有ALISトークンによって還元されます。

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そのあたりが、ブロックチェーンを利用し記事を評価される・評価するというインセンティブの働くメディアプラットフォームを構築するALISの存在意義のひとつだと思っています。

 

問題3:情報汚染

 

geralt / Pixabay

 

では情報の低品質化は、ひとえに情報発信の歴史的初心者だけによるものなのでしょうか。
ここで視点を変え、もう一方に存在する人にフォーカスしましょう。

つまり賢い人達はどうか。”情強”と呼ばれるような人たちはいかに情報を発信しているのか。
ここで情報強者の定義を、仮に、「目的を達成するための最適解を現存する手段の中から見つける能力をもつもの」とするならば、
例えばTwitterを使って情報を拡散させたいと思うなら、彼らはわずか25ドル(約2780円)をフォロワー販売企業「クイック・フォロー・ナウ」に払って2500人のTwitterフォロワーにリツイートさせればよい、ということになります。3

それを、いまでは薄ら寒いポエムのような響きになってしまった倫理学などの観点から見るとどうなるのか?
もっと詩的に振り切ってしまえば、正義に照らして考えてこれは正しいことなのか。
このような視点に波及することは、合理的観念が敷衍した現代では、違和感も少なからず存在することでしょう。
しかし、なぜ現代のような「人に迷惑をかけなければ何をしても構わない」という社会で、マイケル・サンデルの正義に関するハーバードの講義は”白熱”したのか?
そして、なぜ情報は”汚染”とも揶揄されるまでになったのか。
それは、資本主義のシステムを本当に利用してもいいものかどうかという恐れと背徳心からなのではないか。

どういうことでしょうか。

 

それは、企業従業員が個人を装って各種SNSでステルスマーケティングを行うという現象に注視するとわかるかもしれません。
「倫理許容値のインフレーション」と、「背徳と嘘」とに分けて考えてみます。

第一に「倫理許容値のインフレーション」。

まず、あらゆる差異に注目しそこにすきまなくサービスが提供されるという資本主義のシステムがあります。
そしてそれら差異の事業を用いることで、文化は発展し経済は成長する。
しかしそこには使う側の倫理が問われるというものが少なからず生まれてくる。
けれど強者はますます強者になるためにそれを把握せずに使っていくという事態が一部で発生する。
すると倫理の許容値がインフレを起こし、みんながやっているからやってやるという現象になる。
取り残されないようにという恐れから。

ジョンロールズは、自らの主張が公共的理念に則しているかをテストするための思考実験として、このような質問をすることを提案しています。
「自分の主張が最高裁判事の意見として提示されたら、どう感じるだろうか?」4

人は自由でなければならない、という発言はどうでしょうか。
これは一部で熱狂的に受け入れられ、一部で壮絶に反対される主張でしょう。
なぜなら、この主張には自由であるべきという主張の偏りがあり、自由の対となる主張が欠落しているからです。
自由であるべきという本来性への帰還という危険な思想だと言えます。
完全なリベラルと自由競争は、ホームレスの人びとを殺してしまいます。

ここでの自由の論及は、情報の汚染を考えるにあたって重要です。

Facebookも2017年度に入ってから本問題(情報の汚染)に向けて取り組み始めています。5 すなわち言い換えれば、言論の自由はどこまで許されるのか、という問題です。
自由を与えていいものか、それとも規制かという問題です。

 

「人間を狂った生物とする考え方がある。
実際、有機体が、確定的な生の方向=意味(サンス)に従って、プログラムされたコースを歩んでいくとすれば、方向=意味(サンス)の過剰を自然史的アプリオリとする人間は、放っておけばどちらを向いて走り出すかわからない、大変厄介な存在である。(中略)
人間はホモ・サピエンス(理性のヒト)である以前にまずホモ・デメンス(錯乱のヒト)なのだというモランの主張は、当然至極なものと言うことができる」6、とするならば、完全な自由を求めるのも危うくなってきます。
間違いなく規制や仕組みは必要になってくるでしょう。

近年の日本の大学生にレポートを書かせると、Wikipediaからコピーペーストしてコラージュ作品のようにしてレポートを提出する学生が少なからずいるといいます。
絶え間ない複製の増殖は、なにを生むのか。
そこに信頼性はあるのか、という問題です。

もっともWikipediaは、論文で使用してはならないとしている大学も多いと思いますが、構造的には時代の潮流に当てはまっているプラットフォームだと思います。
つまり民主主義的・分散的・統合的な点で。
しかし正しさの記述へのアルゴリズムがないという点で問題なのです。

 

第二は背徳と嘘です。

これはおそらく非常に凶悪です。
なぜなら絶え間ない低信頼性の情報を記述する人たちは、実際のところ直感的にその悪性に気がついているからです。
そしてそこに背徳の感情がおこり、コピーしたものであると公表すればまだいいでしょう。
しかし現代のインターネットの諸情報は、背徳が故に、それを隠し透明にする方法で自身の背徳を解消しているように思えます。
仮想通貨をマネーロンダリングにつかうときに使用されていたと聞きますが、ミキシングという手法で大量の送金トランザクションを作り、追跡を困難にすることが行われていたといいます。(ついでにいうと資本主義的差異の価値創出にのっとって、ミキシング業務を請け負っていた企業もあったそうです。)

つまり、現代的低品質な情報では、どこが情報の最初だったかが分からない。:(絶え間ない複製)
また、どこにつながって情報が発信されているのかが分からない。:(ステルスマーケティング)

 

ここにIT社会になった現代の、フェーズとしては下流に位置する大衆の倫理の低下の一端が見え隠れしています。
フェーズとしては下流に、というのは、この情報の取扱いという点において上流に位置する”開発者”たちは、そこへ改善の道をすで探り始め実践しているからです。
つまりオープンソースソフトウェアなどの例により、すべての情報は開示され隠さないというポリシーです。
ALISプロジェクトも、情報開示は非常に積極的に行っているといえます。

 

ALISへの期待

 

そしてALISは、以上のような諸問題を解決することを目的としている、とわたしは認識しています。

混沌のなかに細い糸を垂らしてもワっと掴まえられてプツンと切れるのがオチですが、今回は鎖(ブロックチェーン)です。
なんとかなることを期待しています。

 

 

 

注釈

  1. 『ブロックチェーン・レボリューション』,p14
  2. 参考:渡邉恵太、『融けるデザイン』
  3. 津田大介「コスパ抜群、ネットによる印象操作」、https://dot.asahi.com/wa/2017063000032.html
  4. マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう』、p321
  5. 津田大介「『情報汚染』に立ち向かうフェイスブック」:https://dot.asahi.com/wa/2017080100062.html?page=2
  6. 浅田彰『構造と力』、p9-10

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リム(Rhime)

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