ビットコインと核、あるいはヒロシマ:ブロックチェーンの思考法

ビットコインと核、あるいは広島:ブロックチェーンの思考法


悪意のある者を締め出すのではなく、適切に回避する。
これがビットコインとブロックチェーンが行う「正しさの求め方」、だと思います。

 

ブロックチェーンの思考法

嘘のない取引を記述するブロックチェーンの存在が、根本的に革命で、何にでも使えるという雰囲気が世界的な規模で今あります。
それはインターネットが、あらゆる現実のしごとをデジタル上で再現するメタメディアの万能性を持っているように。
たしかにブロックチェーンの利用範囲は、非常に広域にまで及びます。
送金、株式、保険、ローン、賭け市場、事務代替、広告、ゲーム、クラウドストレージ、音楽、書籍、…。

なかにはよくわからないものや、すごく実験的なものもあったりします。

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ならちょっと、″平和″について考えるのに使ってみるのもいいかもしれません。

 

はじめに

仮想通貨を詳細に調べていく作業は非常に骨が折れて消耗しますので、息抜きにエッセイ・コラム・駄文カテゴリーを作りました。
一回目は、特に予定していた訳じゃないので今日決めましたが、ビットコインと核についてです。

まずいっておきたいのは、仮想通貨はポエムを卒業するべきですが、一方でテクノロジーの偏向からより大衆にフレンドリーになり、「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」を体現させていくべき段階に来ているとも思っていますので、お構いなくずかずか書いていきたいと思います。

 

 

百のマグネシウムが一度に焚かれたような

今日は広島に原子力爆弾が落ちた日です。
8月15日は戦争が止まった日。
本当をいうと、記憶にある日付が正しいかネットですこし調べました。
数字をいくつか忘れるのは仕方ないですが、事柄が他意的であれ自意識的であれ意識に核・戦争が表象している時点では、現代が戦争のあった未来であることを証明しています。
他意的というのは、つまりぼんやりテレビ見てたら今日はこういう日なんですよということです。
朝のテレビでやってましたので、これも書くに至ったんですけれど。

もちろん技術はぐんぐんと成長し、人間はすこし遠くまで来ました。

 

しかしは冷戦時に爆発的に増え、社会に1万5000発以上、いまだ大量に残っているそうです。

 

一方ここ70年は深刻な大きい戦争もなく、文化の発展が為されてきたという点で、この平和は核による抑止力によるものであるという意見が存在します。
それに対して、実害を受けた人たちは、核によって平和がもたらされているなどもってのほかだという意見があります。

 

E=mc^2

核ってのは、当たり前ですけどすごくて、『相対性理論を楽しむ本』に載っていたんですけど、まず質量とエネルギーの公式E=mc^2。
Eは物質のもつエネルギー、mは物質の質量、cは光速を表すんですね。
これは、モノとは、光速の二乗に質量をかけた分のエネルギーが、姿を変えた存在、と表せるそうです。
光速の二乗は、900億、、質量のエネルギーを計算すると、1グラムで90兆ジュールのエネルギーが含有しているそうです。
実際このエネルギーを取り出すのはムズカシイらしいですが、ドイツの化学者ハーンとオーストリアの物理学者マイトナーが、ウランの原子核に中性子を当てると原子核分裂が起こり、同時に大量のエネルギーが放出されるのを発見してしまったそうです。
続いて、イタリアの物理学者フェルミが、ウランの原子核分裂の際に、エネルギーと同時に多くの中性子が生み出されて、その中性子が他のウラン原子核に当たって、また核分裂を引き起こすという連鎖反応が起こることを見つけて発表しちゃったそう。
つまり倍々で連鎖がおこる方法を見つけてしまったと。

投資の達人は既知の通り、二乗のパワーはすごいもので、有名なのが将棋盤か囲碁盤だったかな、はじめに端のマス目に米粒を置いて、隣にうつるごとに倍々にしておくれという褒美をねだった商人かなにかがいて、王様は気軽に引き受けたら、途中からおそろしい勢いで米を積まなくちゃいけなくなって、あわてて取り消したというやつ。

 

地球号

ここで私が思うのは、といいますか思考を柔軟にすること、つまり世界に核が存在することを肯定して、現実的に対応していくということをすべきじゃないかなと。

番組によると、現代科学で核を作ると広島・長崎に落ちた原爆の3300倍の威力をもつ兵器が作れるそうです。
広島では20万人以上が亡くなったそうです。
単純に掛け算はできませんし、するべきできはありませんが、全人類的にちょっと危ないのは確かです。

哲学、あるいは現代思想だったかな、地球号、って考え方があります。
われわれは、宇宙船″地球号″の船員である、みたいな感じだったと思います。
地球号のワード的効用は、国境前提の断章的な人間の見方から、客観的・パースペクティブな視点に容易に移れるところです。

それで考えると、3300倍の爆弾が飛び交うと宇宙船、壊れちゃいますね。
それは困ります。

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間違うと困るのでフォローしておきますが、核で戦争しようぜと言っているのではありません。

 

専門家の間では、核の抑止力は存在するのか・効力を発揮しているのか、という研究をしている方がいるそうです。
おそらくイメージ上のビットコインみたいに、根っこまで知らないと分からない理由で、研究を行っているんでしょう。
ただ、おそらく最後まで辿っていった深部には、

「抑止力、抑止力っていうけど、結局危ないですね」

となるんじゃないかと思います。

手持ち花火みたいなもので、手元まで来る前にぱっと離しましょうという感じ。

ただ社会は合理的にも本能的にも考えられなくなってきている気がします。
じゃあどうすればいいのでしょうか。

 

ビットコインに学ぶ

ビットコインとブロックチェーンが画期的なのは、

「記録していく物事への暗号化を繰り返しつつチェーンをつないでいくことにより、破壊を実践するならば誕生のはじめまで辿ることを攻撃者に強制するという攻撃不可能性を示すことの抑止力」

、と言えると思います。

ただここで言いたいのはその耐破壊性についてではなくて、ビットコインは間違いを許容するという点です。

 

ブロックチェーンの取引は間違いを許容するがゆえに完全記録性の実現という、面白いパラドックスを示します。
ビットコインは毎日、それこそこれを書いているいまなどでも、あっちこっちチェーンが短期的に分岐したりしているそうです。
なんだそれは、使いものにならないじゃないか!と思ったりもするでしょう。

しかし、分散台帳の名前の通り、未来的な事実によれば正しくないチェーンをつないでいる台帳に対しては、多数の参加者(ノード)によって、

「君、それ間違っているよ」と指摘がされます。

そして指摘されたほうは「すまんすまん」と間違いを認めて、台帳を書き換えます。

 

核があることの肯定

現実的な寛容

私の記憶違いでなければ、ちょっと前かヴォルテールの寛容論が世間を少しざわつかせたと思います。いや私だけの流行かもしれません。
100分で名著みたいなのでやっていた気がします。
そこで導いていく核への態度としての結論として表すと、寛容と肯定でしょうか。

実際、寛容寛容と甘いこと言っていると″偉大かつ誉れ高き我が国の星″的な人がどかんとアメリカに核弾頭くっつけたICBMを撃っちゃったりする懸念があるのですが。

これは最初に書いとくべきでしたが、2017年7月7日に核禁止条約というのができたらしいですね。
でそれは今までの段階的に核を減らしていこーぜという甘いものではなく、全面的に核を禁止する条約だそうです。
条約に締結してたのは、たしか南アフリカ…それしか覚えてないですが発展途上国が中心だった思います。
しかし、いきなりおもちゃを取られた子供がどうなるか分かるように、急はよくないと思います。

みんなもそう思ったみたいで、核を持っている主要な先進国とかあとアメリカの核の庇護にいる日本とかも話し合いに参加してないそうです。

 

 

非核兵器地帯国

やはり急はよくない。
核危ない。
ただし間違いを認めていこう。

と小学生の作文化してきたのですが、そういう思想で行くと、長崎から来られていた識者の方が番組中で言っていましたが、「非核兵器地帯」、というようなものが出てくるのかなあと思います。
「私たちは核を認めず戦争にも巻き込まれることを拒否する」というものです。
俺は間違いを認めてやったぜ、というのは弱者的強者のような発想で力強くて大変よろしいと思いました。

 

無明

核についていて調べていたら長崎のお寺のページにたどり着いたんですが、無明というのを知らないから戦争がおこるのだと書かれていました。

「無明」とは、真実の智慧に暗く、仰ぐべき光(教え)を知らないということです。「無明」は人間の知恵を最高のものにして、人間の善悪の判断や価値観は間違いないものにしていくあり方を言います。いつでも自分の都合によって善悪を決め、悪は徹底して排除し、善き者だけを迎え入れる「自是他非」の心。そして自分だけは絶対に間違わない者だと思い込んでいる姿を「無明」と教えられます。それは戦争を起こす心そのものであります。

 

 

おわりに

核をあれこれするのもお金かかるし、消耗するので、俺たちはギスギスしているのに核持ってない国は、なんかいい感じじゃん、ってなって指示されることなく自然に核が消えていく、というのが理想ですね。

そして、最後に、存在の証明を考えているときに石垣りんさんの詩をみつけてやっぱいいなあ、と思ったので、日本の立ち位置の補強としての詩、として以下のものを引用したいです。

 

「表札」

自分の住むところには

自分で表札を出すにかぎる。

 

自分の寝泊りする場所に

他人がかけてくれる表札は

いつもろくなことはない。

 

病院へ入院したら

病室の名札には石垣りん様と

様が付いた。

 

旅館に泊まつても

部屋の外に名前は出ないが

やがて焼場の鑵(かま)にはいると

とじた扉の上に

石垣りん殿と札が下がるだろう

そのとき私はこばめるか?

 

様も

殿も

付いてはいけない、

 

自分の住む所には

自分の手で表札をかけるに限る。

 

精神の在り場所も

ハタから表札をかけられてはならない

石垣りん

それでよい。

 

 

ビットコインに習って、仲良くやりましょう。

 

まとめ:要は、新しいものの知覚を得て、新しい思考を身に着けてみよう。ということです。

 

ダメッセイ、おわり。

 

 

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この記事を書いた人

リム(Rhime)

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2017年3月から仮想通貨への投資を開始。株式投資は2年ほど。
読書が好き。
大学ではデザインを学ぶ。フラットデザイン・マテリアルデザイン勉強中。

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