すべての人が、仮想通貨の歴史を記す名著『デジタル・ゴールド』を読みビットコインを知るべき理由

デジタル・ゴールド

誇張ではなく、あらゆる人は、『デジタル・ゴールド』(『デジタル・ゴールド--ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー (著))を一刻もはやく読んだほうがいい。
そしてビットコインを知ったほうがいい。

その推奨の理由はなにか。
それはまったくシンプルであり、また切迫した問題の提唱でもあります。

いままで疑いももなく信じていた通貨という概念を一刻もはやく破壊しなければならない。

この思想的破壊活動の推奨に本書は適しているからです。

 

 

 

ハローワールド

 

始まりを知る。

 

物事を知る上で、その始まりへと辿っていく作業は非常に重要であることは間違いありません。
われわれが日々やり取りしている「貨幣・通貨・お金」についてもそれは有効です。
このような日常生活に溶け込む事柄について考えることは、有事ゆうじでもない限り哲学者や思想家、社会学者などの手においてなされる退屈な作業であることは容易に想像できます。

往々にしてこのような常識的、透明的な事柄について考えることは、非生産的であり骨の折れる作業であり、できれば見たくない目を背けて幸福の霧の中で日々を過ごしたいと思うことでしょう。
しかし同時にそうのような根茎へとたどる作業は、往々にして思想に壊滅的な衝撃をもたらし、一足飛びに新たな視点が与えられ、強烈な体験を生むことも知って置かなければなりません。
―――有り体にいえば、世界が変わるような―――
始まりを知るということは、フーコーの『監獄の誕生』における構造的破壊1のような、親切でありがたい制度だと思っていたものが、実は恐るべき監獄の制度だったと知らされるような、そんな劇的な事件として経験されます。

 

斬新的な思考の横滑り、非可逆的な思想の破壊

 

いまの日本の若者には、斬新的な思考の横滑りを起こしながら、非可逆的な思想の破壊をすることが求められていると断言します。

『デジタルゴールド」、あるいはその他の優れたビットコイン・仮想通貨・ブロックチェーンの著作において最も優れた効用のひとつ。
それは現在の貨幣に対する視点に、

  • 「偉人の顔の印刷された紙」や、
  • 「銅やアルミニウムなどの金属片」

という象徴性を取り除いた物質的な見地を提供するという点です。

 

そもそもの「貨幣」とはなにか?という問いは重要です。
それは仮想通貨に対面する者として最も基本的で、根深い問いです。
幾人かの人は、その問いの対象――お金――があまりに近い存在であり、このような問いが現れることにある意味新鮮な気持ちさえ起こるでしょう。
この本(『デジタルゴールド』)は、金本位制から始まり準金本位制を経て不換紙幣(フィアット)となった、――こういってしまうのもひどい話ですが、全くもって生き残りの成績が悪く使い勝手も悪い――既存の通貨ではない、まったく新しい通貨をテクノロジーを使って民間の手によって作り出そうとした者たちの物語です。

 

人間を知る。

 

すでにビットコイナー的で、「向こう側」にいる人たちは周知の通り、ビットコインはサトシ・ナカモトという人物が作ったということになっています。
また、この人物は、2010年〜2011年あたりにビットコインのフォーラムに書き込んで以降、行方はわからない怪しげな謎の多い人物として今では伝説的に語られています。
しかしながら、ビットコインはサトシ・ナカモトがひとりで作ったわけでもなければ、神的な非人間的な人物でもないことが本作を読むとわかります。
かれらは、非常に人間的で崇高な目的をもってビットコインを開発しました。
それはいくつもの技術的偶然も組み合わさった一種のマジックのようなものだとも思えます。
この通貨の歴史においての奇跡は、開発の軌跡を追うことを除いては真の理解にたどり着くことはないでしょう。
なぜなら、技術的表面の情報をいくらなぞっても、それはけっして開発者という”人間”にはたどり着かないからです。
経緯を理解することで、貨幣のニューワールドが見えてきます。

 

 

ディベロッパー

 

ビットコインは複数の人間によって作られている。

ビットコインはおおよそ以下の3つの技術要素に分けて考えられます。

  • 公開鍵暗号:スタンフォード、MITの数学者たち→デイヴィッド・ショーム
  • プルーフオブワーク:アダム・バック
  • ブロックチェーン:サトシ・ナカモト

左は主要な技術の名称であり、右はその技術を提唱した人物です。

これだけ見てもビットコインが、単一の技術者から成り立っていないことがわかるでしょう。
さらに重要なのが、初期のビットコインを支えた人物たちです。
マルティ・マルミやギャビン・アンドレセン、ジェフ・ガージックなど。

 

ハル

特に最初期にビットコインに関わり、その重要性を理解し、支援したハル・フィニーはビットコインにおいて決定的に重要でしょう。
技術的特異点的にいえば、ハルは、ビットコインの拡大・普及において0.9から1.0ひいては1.1への移行の中心にいるような人物です。
彼がいなければ、「Bitcoin」の10ページにも満たない論文は、サトシ・ナカモトのHDDに眠ったまま日の目を見ることはなかったでしょう。
ハルは、サトシのまとめあげたビットコインの構造をこの世に引き上げた人物であり、ビットコインの思想を支援することで、開発の相互の循環をうながしました。
そうした経緯もあって、短い期間ではあったもののまぎれもなくサトシの友人だったようです。

そのほかにもMt.GOXで有名になったマルク・カルプレスや、「ビットコインの神」と称されるロジャー・バーとその友人でクラーケンCEOのジェシー・パウエル、ウィンクルボス兄弟や、グーグルの技術者:マイク・ハーン、ライトコイン開発者のチャーリー・リーなど30名を超える技術者、伝道者、企業家が『デジタルゴールド』に登場します。
かれらもまた、1.1の爆発においてかかせない人物たちといえます。

 

ウェンセスとペソ

 

 

通貨は信用から発達した

 

特徴的なのが、これらに登場する人物のほとんどが(これは当たり前のことでもありますが)ビットコインの基本的な仕組みについて、各自微妙にことなるにせよ信頼を起き、革命的な通貨であると認識していた点です。

このなかで核心をついた思想を持つ人物、起業家のウェンセス・カサレスを取り上げて考えてみましょう。
ウェンセスは、2011年末、アルゼンチンの友人が母国への安くて早い送金手段になるのではないかと教えてくれたことがきっかけでビットコインを知ったといいます。
金融テクノロジーになじみのあったウェンセスはすぐにビットコインの概念を理解しました。
それから2012年初頭、ビットコインに関する情報や、通貨の歴史に関する本を何冊もむさぼるように読んだとされています。
それら本の中のひとつである、人類学者デイヴィッド・グレーバーの『負債–最初の5000年2』は、通貨は物々交換から誕生したという考えは誤っていると断じていました。
「現実には、通貨は信用から発達した、すなわち誰が誰にいくら借りがあるかを追跡する手段として発達した」という主張でした。
ウェンセスもその主張を信じました。なぜでしょうか?

 

ビットコインに明白な内在価値が存在しないのはまったく問題ない

 

それはビットコインの台帳性を考えると分かるでしょう。
ビットコインとブロックチェーンは、完全にデジタルの産物であり、物理的な重さのもつ通貨ではありません。
しかし、デイヴィッド・グレーバーの、通貨とは信用の確保の手段であるということを念頭におけば、そのような重みのないものは不当なものだ、と考えるのは難しいでしょう。
ビットコインには何の担保も存在しない、だから信用に値しないという主張は、通貨の本質的概念において根本的に間違っています。
通貨の歴史に照らせば、ビットコインに明白な内在価値が存在しないのはまったく問題ない3。」

 

最初に書いた「いままで疑いもなく信じていた通貨の概念を一刻もはやく破壊」することにおいて、彼――ウェンセス――の貨幣に対するこのような態度は、ビットコインを理解するうえで身につけるべき態度といえます。

しかし、具体的に、なぜビットコインは明白な内在価値が存在しなくても、まったく問題がないのか?
そしてなぜビットコインは通貨として優れているのか?

 

ペソ

 

ウェンセスはもともとアルゼンチンの自国通貨である「ペソ」における壊滅的なインフレによる金融危機を体験していました。
世界中に多く記録されている危機的な状況に陥ったフィアットと同様に、ペソも、通貨であるにもかかわらずそれは単に瞬間的な物々交換の中間物であるにとどまり、価値の保存にかんしてはまるで自国民は信頼をおいていませんでした。
買い物にいくには、高額の紙幣を紙袋いっぱいにしていかなければなりませんでした。

貯金、つまり資産としての価値保存として、ペソのままでお金を保存するのは全くおろかなことだと国民の大部分が思っていたことでしょう。
その証拠に、貯蓄を守りたいと思うペソの保有者は、価値の安定しているドルに形を変えました。
なにしろ、売上が入金されるまでに一ヶ月かかると、その価値はインフレのせいで急速にしぼみ、家計はますます窮乏する4という自体に陥っていたからです。

アメリカにおけるドルが、

  • 交換手段
  • モノのコストを測る単位(アカウント単位)
  • 価値を保存する資産

という通貨の3つの機能をきっちりと果たしていたのに対し、ペソではそれが「交換手段」の働きのみがかろうじて機能している程度でした。

 

このようなことは、ドルやユーロなどに続いて自国の通貨が強い日本では、あまり緊迫した状況を自身の生活に置き換えてイメージすることは難しいだろうと思います。
しかしながらこのような通貨の、いってみれば急速な”ただの紙”への「物質化」はペソにとどまらず世界中で起きてきたことは、前述したとおりです。(例えばそれはジンバブエドルなど)

 

では通貨が急速に物質化していくという状況のとき、民衆はどのようにして価値を保存すればいいのでしょうか?

 

ゴールドとビットコイン

 

その価値保存の対象の選択肢のひとつは、おそらく金(きん)ではないかと思います。
金は、はるか昔から価値の保存手段として、非常にすぐれた成績を残してきました。
それは今でも金塊を買うのに、主流の価値保存の形であるフィアット通貨(不換紙幣)を多く支払って交換しなければならない状況を鑑みても、たしかなことでしょう。

しかしながら、ウェンセスはついにここ何千年かにおいて価値保存の王様である金を凌駕する存在があらわれたと考えるようになったといいます。

それがビットコインです。

ここ五〇〇〇年で初めて、金よりも優れたものが登場した。それがビットコインだ。」5

 

ではここで、(ビットコインも含めた)通貨に明白な内在価値が存在しないのはまったく問題ないことに対する疑問にはどうやって答えるのでしょうか。
それは以下のような、非常にシンプルな理由で、その答えが書かれています。

金(きん)が通貨として使われてきたのは、それに価値があったからではない。通貨として使われたから、価値をもつようになったのである。
そして金が通貨として使われたのは、優れた通貨の特徴をすべて備えていたからだ。
誰がどれだけ借りているかを社会が把握するための、いわば物理的台帳の役割を果たしていた。
一つひとつの金塊は、世の中に流通しているすべての金を台帳上のスロットに対応しており、本物かどうかは金の質量を測れば確認できる。6

 

通貨は、通貨として機能するから価値をもつのです。

物質的なリンクによる裏付けの価値というものが、基本的には一種のまやかしでしかなく、内在価値の不問という概念的軽快性が通貨には根底として存在しているといえます。
それに付随して通貨としての通貨適合性に基づく機能性と利便性に基づいた通貨形態の選択が起こります。
この概念的軽快性を支えるのが、金およびビットコインでいうところの台帳性です。
金は美しいから使うのではありません。

「われわれが金(きん)を使うのは美しいからではない、(中略)なぜ金に価値があるのかって?それは金が台帳だからだ。首のまわりに台帳をぶらさげて、権力と富があるのを見せつけるんだ。銀行など他者に管理を委ねる必要のない台帳だ。ビットコインはこの種の台帳をより純粋なかたちにしたものだとウェンセスは考えるようになった。誰が何を借りているのか、誰もが追跡できる、共通の確認の場なのだ。」7

 

利便性優位による切り替わり

 

上記のようにして、金(ゴールド)は、ここ何千年もの間、すぐれた価値保存の形として生存してきました。
それは台帳性という重要な要素に加え、耐久性や稀少性という通貨としての要点をおさえていた形態だったからです。

ここでビットコインが、なぜ金よりも優れているのか。それは、インターネットを例にとればすぐに分かります。
以下は、物事が変移する上で決定的に重要なことを述べています。

「われわれはスカイプを使って、ジャカルタにいる誰かに電話をすることができる。相手の姿を見て、話すこともできる。大容量のネットワーク回線のおかげで画像や音声に遅れもない。(中略)けれど電話を切って相手に一セント送ろうとすると、それができない。とんでもない話だ。動画や音声を送るより、一セントを送るほうがずっと簡単なはずだろう」

 

そしてビットコインは、インターネットを使ってメッセージを送るように、価値を送ることを可能にしました。

「それも、(ビットコインは)ちょっとばかり優れているどころじゃない。並外れて優れているんだ。金よりはるかに稀少で、可分性があり、耐久性もある。金より持ち運びもずっと簡単だ。どう見ても優れているんだよ。8

これは通常は意識されないことですが、これまで見た来たようにゴールド(金)とは、銀行などの拠り所なく購入する意思を持つ人びとの認識と信頼によって価値が保存されているという点でビットコインと相似しています。
このような近似した存在同士において、通貨としての利便性を超えることを実現したという点において、ビットコインは金を超えることになるはずです。

 

ここで価値を送るという行為を、別の行為に置き換えて、想像をしてみましょう。
生まれたころから世界中のあらゆる優れたニュースサイトをほとんどの場合で無料で利用できる環境で育った人びとが、大人になったときに月々何千円かを払って新聞を読むでしょうか。
あるいは、基本的には電話用であり処理の遅く限られたページしか見ることのできないデバイスから、電話はもちろんのこと、処理の早くWEBサイトをはじめあらゆるメディアを楽しむことができるデバイスが登場したとき、多くの人達はその利便性を遠くから眺めているだけに終わるでしょうか。

 

 

価値は、思っていたよりもやわらかい

 

『デジタル・ゴールド』は、ビットコインがどのようにして価値の保存として認められていくかのストーリーです。
はずはじめに、通貨を民間人が作るという点で、おおよその常識で考えると、なんだか不適当な、不当ないたずらのように思えることでしょう。

 

しかしながら、これは上記では機能面で言及しましたが、形態という面においても、携帯電話が、ヒンジをさかいに二つ折りになって閉じるような形でなければいけないということは、われわれの単なる思い込みにすぎなかったように、あらゆるものはその手段(たとえば電話をする、メールを打つなど)において時代の制限にはめ込まれた一過性のデザインであり、その物質的な”モノ”が、その重みのある型にはまった形状でなければならないという理由はありません。

それらはひとえに手段のための重み・形態であり、われわれが重要としているのは、なにかに働きかけること、その行動にたいして自己にたいして得られること、あるいは与えること、という抽象的な、実体のうすいものであるといえるでしょう。

――いや、そうではなく、行動より以前の物質的な形態に本質的価値があるのだ、という主張が出てくるのであれば、その認識は、博物館的な思想を実生活にもちこむ認識の誤謬であり、それこそが不当なものとして、あくまでアクチュアル(現実的)に対処していかなければなりません、と説得していかなければならないでしょう。

 

ここでは、なにも時代遅れのものは、すべて廃仏毀釈的に捨てろいうのではありません。
いくつかの物質的な形態は、幾年かの将来に、懐かしみ・あるいは紙や金属で価値を送るという手段のなかでその手段を研ぎ澄すという人間的努力の痕跡として再認識され、形態の復刻的な価値をもつかもしれません。――たとえばオールドカメラのような――

 

『デジタル・ゴールド』は、”おカネ”を、ありがたい文化遺産にする本といえるでしょう。

 

 

 

注釈

  1. 病院とは国民を生きながらえさせるための国家における機関である、という構造主義的に分類されるような、生活に溶け込んだ構造の表向きの皮をはぐような裏返しによる分析と暴露的破壊をここでは指す。
  2. 日本語未訳
  3. ナサニエル・ポッパー 『デジタル・ゴールド』、No2813
  4. 同上、No2777
  5. 同上、No2931
  6. 同上、No2812
  7. 同上、No2813-2826
  8. 同上、No2943

この記事を書いた人

リム(Rhime)

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|【プロフィール】: リム(Rhime)。RhizomeBrain(リゾームブレイン)管理人。Twitter:https://twitter.com/RhizomeBrain
2017年3月から仮想通貨への投資を開始。株式投資は2年ほど。
読書が好き。
大学ではデザインを学ぶ。フラットデザイン・マテリアルデザイン勉強中。

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