まだ仮想通貨持ってないの?

え、まだビットコイン持ってないの?|「俯瞰で仮想通貨見るのは初めてか?力抜けよ」編

この記事は約 6 分で読めます。

 

※BTC建てアルトが死にそうになるほど下落した勢いで書いた記事です。
お察しください。

 

 

 

 

こんな気分。

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はじめに

 

もう訳が分かりません。

ビットコインがスーパーなのは確かです。
とはいえ、1BTC200万はどうなのだ、と思ってしまったことも事実です。

 

200万!MOOOONN!!

 

記事を書いているリアルタイムで50万くらい下がって20万ぐらい上がってます。

 

とはいえ価格の理由はこうも考えられます。

つまり

 

「ビットコインの価格が上がっている」

 

のではなくで

 

「日本円を多く出さないとビットコインが買えなくなってきている。」

 

これは一見同じようで、「言い換えているだけじゃないか!」と思われるかもしれませんが、そうとも限らない。

 

客観的認識について

 

 

人間は、絶対的な知見を得ることは非常に難しいことは、過去の哲学者たちが挑んできた歴史を少しでも辿った方であればご存知のはずです。

 

叡智界と感性界の対立と、叡智界をどのように認識するかというプラトンの問い、近代の哲学にいたるまで「認識と事物の一致」として定義された真理の問い(これはプラトンからライプニッツにいたるまでのすべての哲学者の問いである)、アプリオリとアポステリオリな認識方法の違いについてのアリストテレスの問い、人間が対象を認識するための手段は何かという近代の認識論の問い、人間は生得的な観念が存在するのか、それともすべてを経験によって認識するのかというデカルトとロックの問い、主観である精神が、客観である物質をどのように認識するかという心身問題の問い(これもデカルトに始まる問いだ)、人間は自然法則をどのようにして認識することができるか、自然科学の法則はどのようにして真理であるかというニュートンと自然科学の問い、そして自我とはなにか、心とは何か、人間にはどのような認識能力があるかというフロイトにつながる問いなど、錯綜する無数の問いに、カントによってひとまず回答が示されたのです。1

 

 

カントは『純粋理性批判』の中で、人間の相対的知覚ではない絶対的な、あらゆるものの前提としての知覚である”アプリオリな知覚”を追い求めたことはよく知られています。
客観性、相対性、などにおける知見を、同書の”解説”の中からすこし長いですが以下に引用したいと思います。

 

だから方位の絶対性も、自分の身体にとっての左か右の違いによらなければ、それほど意味のないことなのである。
これはすでに考察してきた右手と左手という「不一致対象物」とともに、カントのこの考察で興味深い第二の点は、人間が身体をもつことによって、固有の場所を占めていると同時に、他社の身体の存在を認めることによって、客観的なものに到達できるということである。
北という方位は絶対的なものであり、それは誰にとっても同じものである。
左という方位は個人的な意味では絶対的なものであり、誰にとっても同じものでありながら、向き合ったぼくと君ではたがいに異なるものである。
この左と右という方位については、絶対的なものの相対性という性格が(ぼくの左は君の右である)そなわるとともに、そこに個人の単独性が生まれること、そして相対的なものの絶対性という性格が(君にとってもぼくにとっても左は左だ)そなわっていて、そこに客観性と人間の相互理解の可能性が潜んでいることに注目しよう。

『純粋理性批判1』(光文社古典新訳文庫、2010年)p353~354

 

すばらしい金言です。

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特定通貨へのヘイトでギスギス雰囲気になってしまう仮想通貨界隈に放送したいくらいです。
150回ほど読み返してください。

 

このように、あるものを理解するには、そこに座標的奥行きが必要であり、単独の認識は非常に困難です。
その中で対象との距離感や差異の、視覚的触覚的、五感的なものを動員して私たちは物事を理解します。

 

 

総合的な観点

 

 

話を仮想通貨に戻しますが、この場合もある固定的な立場からその対象を観察していても、それは客観的な視点ではないことは、以上の文を引用文?ごちゃごちゃうるせえなあ!と思わずにちゃんと読んだ方にとっては自明だと思います。

 

ビットコインは法定通貨があるからこそ価値を測定できますし、オルトコインはビットコイン(と法定通貨)があるからこそ価値を測定できます。

そこでは、すべてに器官オルガンがそなわっていて、すべてのものはある一つのもののために存在し、それぞれのものはまた全てのもののために存在しているのです。2

 

 

相互の関係、その中で”””あるもの”””が上がったという認識は、相対的視点では観察者の高さが不変で対象者の座標が高くなったという場合が考えられます。

一方で、もう少し俯瞰的な立場で見ると、”””あるもの”””に対する”””あるなにか””””の地位が上がる一方で、”””あるもの”””に居座る観察者の高さ自体も変移している可能性も十分に考えられる、というのが総合的判断をしようとしたときに行き着くところでしょう。

 

 

つまり、なにかが突出すれば|どこかが引っ込み、なにかを押し込めば|どこかが飛び出すという装置――これが相対であり人間的知覚ともいえます。

 

 

俯瞰入門

 

 

つまりはビットコインも仮想通貨も、アプリオリに、ラディカルに考えようということです。

カントもヴォルフという哲学者への批判としてこう言いました。

 

 

「ヴォルフの学問の方法を非難する人々も、純粋理性の批判の手続きを避難する人々も、学に固有の制約を投げ捨てて、仕事を遊びに、確実さを私見に、智恵への愛フィロソフィアである哲学を私見への愛フィロドクサにしてしまうことだけを考えているのである。」3

 

 

 

染みる言葉ですね。

 

 

 

さて、ということでビットコインは客観的認識で是非見てみようという話でした。

 

 

最後に

 

 

最後に一言。

 

 

 

 

 

 

……まだビットコイン買ってないの?

 

 

 

 

 

 

以上です。

 

 


 

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注釈

  1. 『純粋理性批判1』(光文社古典新訳文庫、2010年)p272~273
  2. 『純粋理性批判1』(光文社古典新訳文庫、2010年)p186
  3. 『純粋理性批判1』(光文社古典新訳文庫、2010年)p185

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リム(Rhime)

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